銀樹の大河ドラマ随想

2018年「西郷どん」伴走予定。「おんな城主 直虎」(2017)についても平行して書こうかと。

「西郷どん」第4回までの時代背景について

歴史的背景が主人公目線の作品「西郷どん」

あらためて「西郷どん」とは 

 2018年の大河「西郷どん」は、江戸幕府時代の末期に薩摩国(今の鹿児島県)に生を受け、明治維新の立役者となった西郷隆盛(鈴木亮平さん演)の人生を1年に渡って描くドラマです。

 

幕末の歴史はややこしいので省略されるとツラい

 このブログ記事を書いている現在は4回目までが放映され、少年期から20代の初めまでの出来事がドラマ化されたところ。この第4回目までに紆余曲折を経て、薩摩藩主が第10代島津斉興から第11代島津斉彬に変わりました。この島津斉彬こそ、西郷隆盛の人生を大きく変えた藩主であり、言わば運命の主君にあたります。

 ところで、幕末の日本史は色々な事が怒濤のように起きてややこしく、「西郷どん」も歴史の部分でイマイチ解りづらいところがあるように感じませんか。というのはこの「西郷どん」、本来はもっと色々な出来事があった部分を、だいぶはしょって描いてます。かなり早いテンポで薩摩藩主交代劇を通過してしまったんですね。

 なので、なまじ先に少し知識があると混乱してしまい、解りづらい状態なのでは?と思うのです。かくいう私も、twitterで詳しい幕末クラスタさんや歴史の先生の解説を読み読み、物語を追っています。

 

視点が「主人公視点」なので解りづらい面も

 また、もともと駆け足気味で歴史描写をしている他、今回、物語の視点が主人公目線で描かれていることも、この「解りづらさ」に拍車をかけているような気がします。

 というのは、西郷という人は薩摩藩の下級城下士の生まれ。現在までの立場だと、目にできるもの・耳にすること・知ることができる物事に、かなり制限があります。世界情勢や、日本全体の情勢、当時の幕府の内情など、知らないことだらけ。隣の藩のことも知っているか怪しい位。今のようにテレビやネットなどありませんから、そんなハンディがある訳です。

 特にこの4回までは、西郷小吉(少年時代の名)~吉之助(青年時代の名)の成長を描くと共に、薩摩藩主交代という問題が並行して描かれていました。この部分は島津家のプライベートな家族の会話や、江戸の薩摩藩邸または江戸城内などで進行しているため、劇中でも「吉之助の認識」と「状況そのもの」に少し誤差があるようです。

 

 という訳で、今回はその誤差の部分について、書いておきたいと思います。

 

第1回~第4回までに出てきた歴史説明

以下、箇条書きになりますが、なるべくわかりやすく説明をば。

ドラマの流れに沿って書き出すとこんな感じ

<第1回>

・斉彬の行動:国産大砲の試作品実験をしている

=諸外国、特に西欧・米国の東アジア植民地化を強く警戒している。

・斉彬の言動1:上記を裏付けるもの。エゲレス(英国)に清国が乗っ取られるのではと危惧している。

・斉彬の言動2:武士が刀を2本も差してそっくり返るのは時代遅れだと思っている(おそらく、西洋諸国の主流武器が砲系だと熟知しているため)。また、古くさい武士が威張っている日本の状況も時代遅れだと思っている(おそらく諸外国で商人や産業人が多くの権益を持っていることを知っているため)。

※歴史本体とはあまり関係ないけど斉彬が小吉(西郷どん少年時代)にかけた言葉※

「弱い者の声を聞き、弱い者を助ける強い侍になれ(意訳まとめ)」

「子どもは国の宝」

・斉興の言動:清国とエゲレスなら清国が勝つと思っている。斉彬の行動(大砲作りなど)は、大金がかかる・浪費だと強く警戒している。嫡子のその姿が自身の祖父と重なり、嫌悪感を抱いている(西洋かぶれの祖父が藩主時代に大借金をこしらえたため)。

・お由羅の方の言動:藩主斉興と生さぬ仲の世子:斉彬の不仲を見て、自身の子:久光が斉彬に代わり、次代藩主になればと思っている。

・久光の言動:父母は好きだが、異母兄を敬愛している(特に政治情勢に関する視点については描写されていない)。

・島津家の描写:茶会にはふんだんに茶菓が用意される様子が描写される。斉彬はかすてらをおやつ(弁当?)がわりに持ち歩く描写も。←特に家風として質素倹約に努めている様子はない。

・主人公小吉(後の吉之助)の描写:いつもお腹を空かせている。西郷家は貧乏城下士である。

 

<第2回>

・ナレーション:薩摩藩は年貢の取り立てが厳しいため百姓の多くは貧乏で、税収の仕事に携わる役人の収賄も多いのが現状

・斉彬の言動1:お金はかかるが外国の脅威に備えた軍事演習をしたい

・斉彬の言動2:家老の調所は財政立て直しついでに、私財も蓄えたそうではないか(不信の念)

・斉彬の行動:沿岸警備等に関し幕府の命に従っていない旨など詳細に記した報告書を作成、父斉興に見せて怒りを買う

・斉彬の言動3:幕府に薩摩藩の裏事情をはっきり告げて父斉興を引退させると決意(赤山靱負に向かって漏らす)

・斉興の言動1:新式軍事演習に出す金はない。家老の調所広郷はたまった借金返済に尽力した功労者である。

・斉興の言動2:世子の斉彬は幕府よりの姿勢で信用ならないため、その異母弟である久光を藩主名代とする。

・お由羅の方の言動:斉彬は怖い。こんな人が藩主になったら薩摩はどうなってしまうのか。

調所広郷の言動1:斉彬のしたい新式軍事演習に出す金はない。そんなことをしたらまた藩の台所が火の車になる。

調所広郷の言動2:現場で多少賄賂が横行しようが、ともかくも藩の収入として一定の年貢を確保することが大事。それをすることが藩士(自身のことでもある)の忠義。

大山格之助有村俊斎ら赤山門下生の言動:世子斉彬様が藩主になったらいいと思うけど、現藩主斉興様は愛妾お由羅の方の言いなりで、その子久光様に藩主を譲りたいと思っているらしい(噂レベル)

大久保正助の言動:藩の財政はややこしくまた危なっかしく、何か少し変えようとするとたちまち崩れてしまうような状態にある。

・西郷吉之助の言動1:百姓が苦しむ今の世の中はおかしい。役人が賄賂を取るのも許せない。税制を定免法から検見法に変えれば良いのではないか。

・西郷吉之助の行動:検見法を実施しようとしたら百姓らが隠し田を作ってるのを発見してしまった。検見法に変えても百姓は救えないと悩む。

・西郷吉之助の言動2:斉彬様にこの窮状を伝えたら、なんとかしてくださるに違いない(刷り込みに近い盲信レベル)。

 

<第3回>

・ナレーション:薩摩は武士の割合が高い反面、下級武士には百姓同様貧しい生活をしている者も多い。

・斉彬の言動1:江戸幕府老中:阿部正弘薩摩藩密貿易の詳細、琉球出兵の不正について全て報告。これで藩主(=父斉興)を良き様に、と依頼。

・斉彬の言動2:斉彬の行動に気づいた調所広郷に「許せ。薩摩もこの日本国も、前に進まねばならんのだ」と釈明。

・斉彬の言動3:秘かに自害を決心する調所に対し、斉彬を世継ぎから追い落としを謀る派閥の首謀者が調所だと聞き疎遠になっていたが、このままで終わりたくないと漏らす。

・斉彬の言動4:調所自害を聞き「死なせとうはなかった」と悔恨の念を述べる。

・斉興の言動:調所の死を知り激怒、斉彬との代替わりを望む一派を不忠者と断じ、根こそぎ処罰するのだと言い放つ。

お由羅の方の言動:斉彬は久光が藩主名代になったのを根に持っているのだと言う。そして斉彬殿の子を自分が呪い殺しているという者までいる、と、噂に言及する。

調所広郷の言動:薩摩藩の隠し事を追求する老中阿部に「全てはこの自分が仕組んだこと。藩主は何も知らない」と主張する。

調所広郷の行動:ひとり罪をかぶって服毒自殺。

・赤山靱負の言動:近いうちに斉彬が藩主になる、薩摩が変わると西郷吉之助・大久保正助に希望を漏らす。

・赤山門下生の言動:お由羅の方の暗殺を企んだ者がいるとして殿が激怒、鉄槌を下されたそうだと噂をする(斉彬擁護派計50人が処罰されたことを聞いて)。

・西郷吉之助の行動:物語冒頭で、江戸にいる斉彬に藩の窮状を書面にし切々と訴えたものをせっせと書き送っているところを描写(史実、この時期には斉彬に対し書状を出してはいないので、半分創作)。

・西郷吉之助の言動1:(赤山靱負に向かい)百姓が窮乏に喘ぐのも藩の大きな問題だが、貧乏武士は半農半士状態であり、何かの都合でその畑を取り上げられたらもう生きていけない、これも大問題だと訴える。

 

<第4回>

・ナレーション:薩摩藩嫡子:斉彬の藩主就任を望む一派に対し、現藩主斉興は厳しい粛清を行う。その陰にお国御前:お由羅の方の策謀があったと噂されたことから、一連の動きが「お由羅騒動」と呼ばれたと告げる。

・赤山靱負の言動・行動:切腹の沙汰が下り、粛々とそれに従う。門下生にはこれからも互いに切磋琢磨せよと遺言。

西郷吉之助の言動・行動:江戸在住の斉彬に対し「この窮状を救って下さるのはあなた様以外にありません。」と藩主就任を願う書状を綿々と書き綴る(創作部分)。

・老中阿部正弘の言動・行動:斉興が江戸表に参上したとき、正面から引退勧告を行う。

・斉彬の言動1:藩の江戸屋敷にて改めて、父斉興に「密貿易や琉球出兵の不正について、全ては幕府の知るところとなった。父上の隠居と引き替えに薩摩藩の安泰が約束されているので、潔く退いて欲しい」と駄目押しを。

・斉彬の行動:斉興が引退勧告を受け入れないのを見極めるや「ロシアンルーレットで生き残った方が藩主」という強硬手段を突きつける。

・斉彬の言動2:藩主の座をもぎ取った斉彬は、その年の5月にお国(薩摩)入りし領民に向かって「子どもは国の宝」「新藩主はこんな顔じゃ。宜しく頼む」と告げる。

・斉興の言動:ロシアンルーレットで負けを認めるまで、斉彬に「お前が好かんので引退しない」と言い張る。

・お由羅の方の言動:「久光はどうなるのです、私は(斉興の引退なんて)嫌」と主張する。

・久光の言動:大久保正助らから赤山靱負の助命を「聡明なあなた様なら」と頼まれるも、「おいに何ができる。おいに言うな」と拒絶。表立ってはこの問題に関わらないと宣言する。

 

全体像を改めて書き出してみると

 これまでの歴史(藩政)に関わる部分を回毎にまとめたのが、上記です。今度はそこから更に要点を抜き出してまとめると、以下のようになります。

政治関連の要点はこんな感じ

(1) 島津斉興調所広郷主従は「薩摩藩ファースト」主義。薩摩藩の財政が上手く回ってくれればそれでよい。日本の国防にはあまり関心がないという描写。

(2) 斉興・調所は、世子斉彬が対外情勢を見据え軍事強化に関心を持つことを、ただの西洋かぶれ・浪費家であると捉え、警戒していた。

(3) 島津斉彬は海外情勢を熟知し、日本の国防問題に危機感を抱き、父の態度に不安を感じていた。そのため江戸幕府老中阿部正弘と組んで、藩主交代を仕掛ける。

(4) 赤山靱負は作中で薩摩藩の政治に関して何も言及していないため、その思想は劇中人物にも視聴者にも不明。ただ斉彬を尊敬し、彼が藩主になれば「薩摩が変わる」と信じていたことが示されている。

(5) お由羅と久光に特に政治的信念がある描写はない。ただ、お由羅は久光を藩主にしたいと思っている。久光は世子問題には基本的に関わりたくないが、母の悪評は気にかけており、母を守りたいと思っている。

(6) 最終的には斉興は「どうしても斉彬が好きになれない」という思いが強く、それが藩主交代を渋っていた一番の理由という描写である。

 

百姓や貧乏な侍の救済が行われるかは未知数

 上記に箇条書きした1~6を念頭に置きますと、

 吉之助が心に持つ「斉彬様が藩主になれば、薩摩の財政問題が解決する」という信念は、ほとんど妄想に近い個人的な思い込みである。

ということが解ります。

 なお、その根拠は、

 初回で少年時代「これからの侍は弱い者の声を聞け」と言われたことに由来。また強いて言えば赤山先生の「(斉彬様が藩主になれば)薩摩が変わっぞ」というふんわりとした希望の言葉を信じ込んだことが、それを補強している。

ということ。このような解が導き出せるかと思います。

 

 つまり、斉彬の出演パートで斉彬自身は一度も、農政や税制問題に関して言及していないのですよね。

 確かに第4回で吉之助の手紙により薩摩の窮乏を知ることができた、と父に語ってはいますが、その後のやり取りは、明らかに「民の暮らしを楽にする」ことに力点を置いていません。

 

 ですので、今のところ斉彬は、

(1) 日本の国防問題に関心がありその件で幕府と手を組むため藩主になりたかった。

(2) 薩摩藩財政に関しては詳しくなく、調所広郷収賄で私財を蓄えてるんじゃないか、くらいのふんわりした認識である。

という感じと思って良いのではないでしょうか。

 

 ですから、新藩主様のお陰でこの先庶民や下級武士の暮らしが良くなる筈だぞー、というのは吉之助やみんなの思い込みだと私は思ってます。ただ、その辺の描写が…。

 ナレーションもはっきりしないし、そういう第三者視点に立ち、物語の中で上手く説明セリフを語るような登場人物がいないため、視聴者まで解りやすく伝わってこないんですよねぇ。これ、今後の不安材料だと思うのですが、どうでしょうか。

 

つまりどういうことかと言いますと

主人公の心理状態と物語の進行状態にズレがある

 別の言葉を使って上記で述べたことを補足しますと、つまりこういうことです。

 今、第4回が終わった時点で、「西郷どん」における主人公の心理状態と、物語内の現実にズレがある状態なんですね。

 吉之助の脳内では=斉彬様が新藩主になられたから万事解決めでたしめでたし。ドラマ内の現実では=新藩主斉彬がどのくらい薩摩の民を幸福にできるかは未知数。←こんな感じです。

 で、このことをナレでも言わないし、ドラマ内に第三者視点を持ち込む人物もいないため、この差が視聴者に伝わりづらくなってる。しかも、ドラマのストーリー展開は吉之助目線をベースに進行している

 

 結果、観ている人の感想が吉之助の描写にひっぱられて斉彬が本当に薩摩の農民・下級武士の生活改善を果たす救世主として描かれているように感じてしまう。

 そのため、「それはちょっとご都合主義じゃない?」「斉彬様万能、っていうスタイルなの?それってどうなの?」=つまらない話だね、になってしまう危険性が高い。そう思います。

 実は少し前にtwitterで「西郷どんは主人公の描写が中途半端なのが惜しい」という意見の方と、少し話をさせて頂いたんですが。その会話を後から考えてみて、自分としては、主人公が中途半端に見えるっていうのは、物語自体がこのズレを抱えてるせいで感じることなのではないかなぁーと思うに至りました。

 

ただし大きな伏線の可能性もある

 とはいえ、もし第5回以降展開される直近の話で、この「薩摩の民の幸福」問題がおざなりにされて先へ先へと進んでいってしまったとしても…ですね。これが実は後から「伏線だった!」になる可能性が、ないでもない。私はそう考えています。

 というのは、この後史実では西郷吉之助は斉彬のために働き、その死後は島流し等失意の年月を経てまた薩摩藩の中心に復帰し、激動の時代に明治新政府の樹立に尽力し、そして最晩年はまた薩摩に帰ってくるからです。

 その時に、斉彬を超え日本のヒーローとなった後の西郷隆盛自身が「農民と共に生きる」を実地でやるかもしれない。そして、昔のこと=若き日に憧れの殿さまに夢を賭けたこと=を、思い出すかもしれない。そんな展開もあるかもしれません。

 さて、どうなるか。不安半分、楽しみ半分、見続けていきたいと思います。